2007.08.21

発達障害とは

実習が終わり、夏休み。ハルと遊んでいる毎日だが、暑い。。。。

実習の備忘録的なエントリー。

最近、軽度発達傷害児が増えてきているらしい。たしかに、昔は脳性麻痺やダウン症、知的障害(精神発達遅滞)が殆どで、ADHDとかLDは診断されていなかったし、自閉症はほぼ知的障害と同意語だったと思う。

自閉症にも色々なタイプがいて、一般的なイメージの自閉症児ってあまりいないような気がする。なんというか、精神発達遅滞や多動が多いような気が。。。。

やはり、コミュニケーションが取りにくいというのが、実生活での一番の問題かと。

まとまりのない文章。不定期に続く。

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2007.08.06

9週間の実習が終わって。

先週の金曜日に9週間に及んだ総合実習のⅠ期が終わった。

未就学の発達障害児が通所する施設での実習だったが、感じて、考えて、そして遊んだ毎日だった。OTに於て発達(小児)はマイナーで、実習にも2名くらいしか行かない。でも、そのマイナー分野はけっこう人気がある。基本的に子どもが好きという女の子が希望することが多い。でも、何故が希望もしていないオレが実習に行くことになった。何かの陰謀だったのだろうか。

そんなこんなで、一応CP等の肢体不自由と自閉症等の軽度発達障害を教科書的に勉強して実習に臨んだわけだが、臨床はまったくそんな感じではなく、毎日毎日が悪戦苦闘、試行錯誤、自問自答の日々だった。園ではその子のことを考え、家ではハルのことを考え。毎日が紙一重の世界を行ったり来たりして、自分の位置というか軸がぶれていくような感覚に襲われていた。

引かれるかもしれないが、俺は基本的に人には差があると思う。知能・身体能力・その他すべてにおいて。それが個性を形成しているのだけど、それにより差別があるのも事実。知能・身体能力が一般より低い方はいろいろなハンディキャップを背負って人生を送っていかなければならない。

今のところ、ハルには障害の所見はない。毎日元気に歩いて、何を話しているのか分からない喃語でオレに話しかけてくる。手でご飯を食べるが、いたずらをしてティッシュを全部箱から出してしまう。その他、毎日何かを感じて何かを考えて全力で生きている。そんなハルをオレやカミさんは全力で愛し、できることはすべてやっていると思う。

でも、園の子ども達には障害がある。それは、能力の差というには絶望的な差になってしまうくらいの障害だった。でも、毎日全力で生きていた。遊んで、感じて、感情を自分なりの方法で表現していた。それに対して大人は全力で応じていたし、多くの親は当然のように子どものことを一番に考えて全力で愛しているようだった(残念ながら子どもの発達が受け入れられない親もいたが)。

なにが正常でなにが障害なのか。子どもって何か。この子達の思いって何か。なんだか、毎日混乱していた。笑顔で近づいてきて抱っこをせがむから、抱っこや肩車して遊んでいるのに、笑顔で顔を引っかく子ども。さっきまで笑って絵本を読んでいたのに、次の瞬間この世の終わりかと思うくらいの泣き声をあげている子。集中力が続かず、例えばハブラシを口に入れているのに、別のことをやろうとしてしまっている子。1分もイスに座っていることができない子。理解しようとしても、決して理解することはできない。というか、理解しても意味がないと思う。思いを感じないと。何でそんなことをするのかではなく、どんな思いでそんなことをしているかということを感じて、その子の思いを受け止め、こちらから促すのではなく、子ども自身が自分の思いや感情に納得し折り合いをつけていくこと。それが重要。

実際に担当したのは肢体不自由な男の子だったが、基本的なことは変わらない。ただ、それに姿勢とか反射とか上肢機能とかADLとかが加わってくるだけ。基本は一緒。てか、子育ての基本なんだと思う。

でもまあ、ハルの子育てや元々子どもには慣れていることもあって、実習自体はスムーズにいった。成績もよく優をいただいたし、レポートも発表がまだなのでなんともいえないが、自分としては出来のいいレポートが出来たと思う。それよりもなによりも、毎日が楽しかった。「子どもと遊ぶときは全力で」がポリシーなので毎日クタクタだったが、それがよかったのか子どもも馴れてくれて一緒によく遊んでくれた。というか、一緒に遊んでもらった。遊び一つにとっても療育なので狙いとか目標があるのだけど、それでもそれをしっかりと考えながら真剣に遊ぶことはとても面白いものだったし、こちらが子ども達から学ぶことが非常に多かった。ハルとの毎日では気づかないことを多く教えてもらった。カミさんがよく「子どもから学ぶことって本当に多いのよ」といっていたのが、今になって分かる。日々是勉強。自分に対してもストレートに接しないと、子どもは直ぐに分かってしまうし。

園長先生から気に入られ、もっと長くいて欲しかったといわた。とてもうれしかった。バイザーの先生もとてもよい先生で、メアド交換したからこれから困ったらいろいろ相談したいと思う。

自分の適正というか、たぶん発達というか小児は合っていると思う。最初はこのブログの題にもなっているとおり、精神科にとても興味があったのだけど、2月に評価実習に行ってあんまり適性がないことがわかった。でも、小児はたぶん適性があると思う。就職先があまりないので、現実的ではないけど。

とにかくいい実習でした!

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2007.07.01

30才になって。

つい先日30才になった。実習中だったのだけど、カミさんやハル、義母さんが好物の肉を用意してくれて、ささやかな30才パーティーをやった。カミさんとは1歳離れているので、「私はまだ20代だからね!」といわれてしまった。その前には、別件で上京していたかーちゃんにも祝ってもらった。実習中で学校がないので、クラスメイトからの祝福はメールだけだったけど、まあまあいい誕生日だった。20代最後の日の仕事はダンボールに模造紙をはってそこに線路を書くと。30才最初の仕事は、園児たちとクレヨンと絵の具を使って弾き絵をすること。こういう経験を20代から30代にかけてするってのは、男性ではなかなかレアなのでは。

それで、30才になりオヤジとのことを考えていた。

オレとオヤジは24歳離れているので、オヤジが30の時オレは6歳。ということは、小学校に入学しているか幼稚園の年長組だ。オレが小学校に入学したころというのは、オヤジが自宅を新築し、下の弟が生まれたころ。要するに、オヤジはしっかり市役所で仕事をしていて、三人息子がいて、持ち家もあったわけだ。

オヤジは正直凄いと思う。今のオレと比較して凄すぎる。

今のオレはまだ学生やっていて無職で無収入。子どもは一人育てるのがやっと。マイホームなんて夢のまた夢。

80年代で時代が違うわけだけど、それにしてもこの差。なんだか、30才のオヤジに会って話してみたい。どんな気持ちだったのか。たぶん、真面目に仕事していたし、地域でもいろいろな役をやっていたし、3人のバカ息子とかーちゃんがいて、たぶん幸せだったんじゃないかな。そりゃ、裕福ではなかったけど、それなりに楽しい思い出が多く残っているような気がする。

そんなオヤジがもうジージになり、ハルを「本当に目の中に入れても痛くないほど可愛い」と言っているのを見ていると、感慨深くなってしまう。

ハルが30才の時、オトーサンは何やっていたのと聞かれたとき、なんて答えたらいいのだろう。いろいろ迷走していて、オカーサンやみんなに助けられながら、なんとか勉強を続けて、やっとOTになったんだよと伝えればいいのだろうか。

30才のオヤジと、今話してみたい。何を考えていたのか。どう感じていたのか。そして、俺達家族のことをどう思っていたのか。


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2007.06.16

残り7週間

総合実習も2週間が過ぎた。

まー、毎日疲れたを連発する毎日。あと10日で30になるオッサンが毎日5歳児を相手にして一方的に全力で遊んでいれば、疲れる。疲れた感じでマンションに帰ってきても、デイリーが待っているし。まあ、バイザーの先生は実力はある方だけど優しいので、なんとかなってるけど。

それにしても、自閉症ってなんなのだろうと毎日考えてしまう。あんなにお友達がいるのに、お友達と遊ばない。先生には抱っこをせがむのに、お友達とのコミュニケーションは殆どない。見学に行った幼稚園でも保育園でも、年長組はみんなで鬼ごっことかだるまさんがころんだとかやっていたのに。公園にいっても、各々遊具で遊んでいて、みんなで遊ぶことはない。なんだか。

そして、発達の授業の時はいつも思っていたのだけど、この子達の10年後、20年後が上手くイメージできない。いったいどういう大人になるのか。そして、今やっている療育というのが、いったいどういう影響を与えるのか。発達領域は林業と一緒で、すぐ成果がでるものでないということはわかっているが、それでも日々の療育の成果を欲してしまう未熟さ。そしてなにより、現時点ではハルは普通に育っていて、ハルとの比較をついしてしまうことへの自己嫌悪。

知識的には、あまり苦労していないが、そういったメンタル面で苦労というか、現実検討力を日々鍛えられている感じがする。

残り7週間。果たして、どうなっているのだろう。

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2007.06.10

作業は回る、笑い声を作る。

ミスチルのHOMEに入っている曲の彩り。CMでプールに家系図を描いている曲。

実習中の応援歌になっている。毎日聞いて、担当の子を思い出しながらデイリーやレポート書いている。

まあ、その子は非常に辛い状況。殆ど笑わないというより、能力的に笑えない。でも、オレはその子の笑顔が見たい。そう思っていつも関わっている。力量不足を痛感する毎日で、本当にためになっているのかわからないけど。でも、何かは感じてくれていると信じている。


なんてことのない作業が回り回り回り回って

今僕の目の前の人の笑い声を作ってゆく

そんな確かな生き甲斐が日常に彩りを加える

って感じで毎日頑張っている。

因みに、今日は父親参観で出勤。疲れてますよ、マジで。

作業に関連したとこだけ引用

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

僕のした単純作業がこの世界を回り回って

まだ出会ったこともない人の笑い声を作っていく

そんな些細な生き甲斐が日常に彩りを加える

モノクロの僕の毎日に

少ないけど 赤 黄色 緑

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
 
なんてことのない作業がこの世界を回り回って

何処の誰かも知らない人の笑い声を作ってゆく

そんな些細な生き甲斐が日常に彩りを加える

モノクロの僕の毎日に増やしていく 水色 オレンジ

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

なんてことのない作業が回り回り回り回って

今僕の目の前の人の笑い声を作ってゆく

そんな確かな生き甲斐が日常に彩りを加える

モノクロの僕の毎日に頬が染まる 暖かなピンク

増やしていく

きれいな彩り


明日も頑張ろう

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2007.06.03

総合実習開始

明日から某発達センターでの総合実習が始まる。

合計5日間カミさんの幼稚園とハルの保育園を見学させてもらって、一応1歳から5歳までの正常発達児の具体的なイメージは持つことができたが、準備はそれくらい。

見学を通して、遠城寺とかバッテリーを使用して評価することがどうなの?と思うようになり、その児のそのままを評価できればいいかなと。 

発達に行くにあたり、児と遊ぶときは全力で!!というのを肝に銘じて頑張ってきたい。なるべく、週末ごとに実習の様子をUPしてきたいと思ってます。

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2007.05.29

麻疹(はしか)

麻疹が都内を中心に流行していることは、TV等の報道でみなさんご存知だろう。そして、前回のノロウイルスの時も流行する1ヶ月前に体験済みだったオレ。インフルエンザの時はかからなかったので、タミフルを飲みそこなったオレ。

そして今回の麻疹には、バリバリ影響されている。6月から発達センターに総合実習に行くことになっているのだが、そこに某四谷にある大学の方が実習にくるらしく、麻疹の抗体検査をして陰性なら予防接種をしてくださいとのお達し。

オレだけ!?

結局、先週の月曜に近くの大きめの病院に行き抗体検査のための採血。初診料とあわせて6500円ナリ。そして、昨日結果を聞きにいき、「陽性なので、予防接種しなくてもダイジョブ」との話を聞くことで1090円。高い。

内科のセンセイは「毎年麻疹はいるんだけど、今年たまたま流行っているだけなんだよな。まあ、お母さんがしっかり予防接種していたら、大抵は免疫あるよ。お母さんに感謝してね」とのこと。かあちゃん、ありがとう。

そういうわけで、来週から実習。今度は総合実習なので9週間だが、バイザーのセンセイは優しそうだし、子どもはなれているので、何とかなりそう。時間があったら、実習の様子をレポートします。

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オペ当日その2

オペから10日たったので、大分体調は楽になってきた。でも、まだちょっと顔が腫れている。。。

病室に帰ってきてどれくらい経ったのかわからないが、なんとなく意識が戻ってきた。昼寝の後のだるさというよりは、強烈な二日酔で起きた感じ。頭痛はしないが、ぼんやりしている。メガネを預けていたので、目を開けてもぼんやりしている。

徐々に意識レベルが上がってきたが、体の随意性が低く、体を動かせない。そして、口腔内の左側と舌の左側が麻痺していることに気づく。術前に下顎神経を傷つけてしまうかもしれないから、術後に感覚障害が出るかもしれないといわれていたのだが、予想以上に麻痺していて、この麻痺が続くと正直辛いなーと思っているのだが、声に出せない。リアルに凹んでいた。

徐々に体が動かせるようになり、状況も把握できるようになってきた。左頬に痛みはないが、麻痺していてやぼったい感じ。そして、指一本くらいしか口を開くことができない。担当医のセンセイがなんどか見に来てくれて、手術は成功したことや、今後腫れるだろうとのことを説明してくれた。

その後、どんどん左頬が腫れてきて、最終的にはソフトボール大になった。まるで、こぶとり爺さんだけど、ひとこぶだから悪者だよと思いながら、鏡を見ていた。

その3に続くか?

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2007.05.14

オペ当日(5月9日)その1

6時半ごろ起床。血圧は普通だったが、体温は36.9度でちょっと高い。少し不安。

朝食も食べずに(運ばれてこない)歯磨きをしてイソジンでうがい。手術着に着替え、エコノミー症候群予防のストッキングを履く。かなりキツイっす。ベットで横になっていると、8時半過ぎに担当医が今日のオペの説明をしてもらう。若いセンセイだけど、キチンを説明をするししっかり患者のことを考えてくれている信頼できるセンセイなので、「今日はよろしくお願いします」とお願いをした。その後、脱水防止のために生理食塩水を点滴。ハナマルやスッキリをベッドに横になりながら見ていた。緊張するかと思ったが、特に何もなく平常心な感じ。

うとうとしながら点滴をしていると、11時ごろカミさんと義母さんとハルがお見舞いにくる。ハルは元気で、抱きついてきたのでしばらく抱っこしていた。オペが13時半からになったので、3人は昼食にいくことに。この間に抗生物質の点滴が入り、薬の名前は確認しなかったが安定剤を飲む。じんわり薬が効いてきたら、3人が帰ってくる。ハルはご飯を食べたら眠くなったようで、ベビーカーで寝ていた。義母さんと一緒にハルは帰り、カミさんが待っていることに。13時25分ごろストレッチャーがきて、そこに横になり、オペ室へ。いつも思うけど、メガネをかけていないのでオペ室の内部が詳しくわからない。ナースが4人、医師が3人いたような気が。

担当医のセンセイに声をかけてもらうまもなく、麻酔医の自己紹介。ストレッチャーから自分で手術台に乗り移ったら、後はナースが左腕に血圧計を巻き、心電図の吸盤を体にペタペタつけていた。この間2分くらい。そして、麻酔医から「それでは、麻酔を点滴します。3秒くらいしたら意識がなくなります」といわれて、目をつぶったら頭の中に二日酔の時のような雑音が流れ、4秒後に意識がなくなる。

なんだか夢を見ていたような気がするのだけど、詳しくは覚えていない。そして次に気がついたらベッドの上にいた。

その2に続く

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2007.05.11

入院(5月8日)

一昨日にオペで腫瘍を摘出し、昨日退院だった。今日は学校に行けるかなと思ったのだが、左頬がソフトボール大に腫れているので、大事を取って家で寝ていた。

P1000027
携帯のカメラで取ったのでピンボケしているが、ホルマリン漬けになっている摘出した腫瘍。500円大の大きさ。


8日の14時に入院。2人部屋で、隣には耳鼻科でオペをした人が寝ていた。術前検査はすべて行っていたので、やることもなく病棟ナースさんの説明とオペナースさんの説明を続けて受ける。血圧と体温を測ったのだけど、体温が37.0度でちょっと高かった。ジャージ等を持っていったけど、指定のパジャマに着替えたら、もうやることなし。DSのシレンをやりながら時間を過ごしていると、16時に入浴。流石に病院の浴室だけあって、バリアフリーで手すりが色々なところについてあり、関心しながら入浴。半年振りくらいに体を洗う(お肌が弱いので、ボディーソープで洗うことは年に4回くらい)。その後、17時半から夕食。野菜炒め定食で少ない。。。21時以降オペまで飲食禁止になるので、こりゃお腹が空くと思いカミさんになんか買ってきてとメールをする。

6時半くらいにカミさんがお見舞いに。テレビ用のイヤホンと食料(焼きソバパン)、帰りに使用するであろうマスクを持ってきてもらう。今の時点では特に変わりないので、たわいも無い話をして7時ごろ帰る。

またやることがなくなったので、TVを見たりDSをやったりして時間を過ごす。9時近くなって、どうせこの後飲食できなくなるからコーラの一気飲みでもするかと思ったのだが、バカバカしいので買ってあったウーロン茶を飲み干し干す。その後、テレビを見て10時過ぎに消灯。部屋が暑くてなかなか寝付けず、最後にトイレに行って時間を確認したのが12時半。その後、なんとか寝ることができた。夢は見なかったと思う。

オペ当日に続く。

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